『さよならみどりちゃん』
『さよならみどりちゃん』(2004年)を観る。古厩智之監督。出演は星野真里、西島秀俊など。
だらしなく複数の女とつきあう、自分勝手なユタカに、ひたすら惚れてしまう女の子「ゆうこ」の話。はじめて一緒に寝たときに、じつは彼女がいるとあっさりユタカに告げられるところから、物語ははじまる。彼女の名前は「みどり」で、いまは沖縄にいるという。その時点から「ゆうこ」は、ユタカの勝手さに、一方的に振り回されることになる。
ユタカが勤めるカフェの近くにあるスナックに、バイトにはいることを相談もなく決められる、というのは序の口。新入りのバイトとすぐに寝ようとするわ、そのバイトのいるまえで、元カノと店のなかで酒を飲み、仕事を途中でほっぽらかして消えてしまうわ、しまいには「ゆうこ」に「ソープで働け」などというわ、まあ、勝手放題。
だけれどもそういうユタカに、主人公は執着してしまう。ユタカの店の、優しいバイト君と寝てみたりするが、やはり自分勝手なユタカが、どうしても忘れられない。一方、バイト先のスナックでは、当初は慣れなかったものの、しだいに酔っぱらいの扱いもうまくなり、ホステスとして一人前になってゆく「ゆうこ」。
客がカラオケを歌う、スナックでの擬似的な共同性。何を考えているかわからぬ男への、報われぬ愛。この二つのラインをもとに、物語はすすむ。「音痴」を理由に人前で歌えないことと、ユタカへの愛を告白できないことが、重なりあう。
あるとき、二つの場所に二人の「みどり」ちゃんがあらわれる。スナックには新入りとして、偶然にも同名の「みどり」ちゃんが。他方、ユタカのもとにも、本命の彼女である「みどり」ちゃんが帰ってくる。ここで二人の「みどり」ちゃんは、主人公にとって、自分の影のような存在である。かたや、スナックでの自分のポジションを脅かす存在として。そしてかたや、自分がめざしている、ユタカの愛を独占するポジションにいる存在として。
じつのところ、主人公がユタカに執着しているのは、この見知らぬライバルたる「みどり」に嫉妬しているためだ、ともいえる。ユタカは「みどり」の方だけを向き、自分を振り返ってくれない。見果てぬ目標としての「みどり」は、いわば亡霊として「ゆうこ」につきまとう。追いかけてくる「みどり」におびやかされつつ、見知らぬ「みどり」を追いかける「ゆうこ」。
沖縄から「みどり」がユタカのもとに帰ってきていることを、「ゆうこ」はスナックのママから聞かされる。スナックを出ると、ちょうどユタカが店を出てきて、「みどり」と一緒にタクシーに乗りこむところであった。二人の乗ったタクシーを、「ゆうこ」はひたすら走って追いかける。だが、追いつくことはできず、ついに「みどり」の顔を確認することはできない。朝方、疲れ切った主人公がアパートに帰ってくると、そこにユタカが待っていた。ユタカは「みどり」と別れたという。
部屋にはいると、「ゆうこ」はユタカにむかって、すぐにセックスをしようという。それまで、抱かれると「溶けてしまう」存在であった「ゆうこ」は、そのときはじめて、溶けることのない、実質のある存在となったのを感じる。「ゆうこ」は亡霊である「みどり」を振りはらい、自分を取り戻したのだ。
だけれども、あなたも私を好きになってほしいという「ゆうこ」の言葉に、ユタカは答えず、出ていってしまう。ユタカは目の前の、自分をまっすぐにみつめる「ゆうこ」の存在に堪えられなかったのだ。
ユタカはそもそも、遠くに去ってしまった彼女や、元カノ、バイトの新人、等々の、自分にまっすぐに向かってこない相手だけに、安心してその場かぎりの愛情を向けられる人間であり、自分勝手な言動は、その臆病さの裏返しにほかならない。自分をまっすぐに愛そうとする女には、つい無理な要求をしたり、粗暴にふるまったりして、はぐらかしてしまうのだ。
「ゆうこ」が影の存在である「みどり」に嫉妬をしているかぎりにおいて、その三角関係に媒介されているかぎりにおいて、ユタカにとって「ゆうこ」は安全な存在であった。だが幻想を振りはらった「ゆうこ」が、リアルな存在として、目の前に立ちあらわれたとき、ユタカはそれを正面から受けとめることに躊躇する。ユタカは、一対一の関係でせまってくる、リアルな女に、むしろ怯えてしまうのである。
興味深いことに、このリアルさにたいするユタカの主観的恐怖は、スクリーン上の「ゆうこ」の裸の撮影の仕方という点で、観客としての私たちにも間接的に示される。それまでは部分的にシーツで隠され、いくぶんか観る者に幻想的な美しさをあたえていた「ゆうこ」の姿は、さいごのシーンではフルヌードとして映しだされる。乳房をあらわにし、しかも逆光のなかで、陰影をともなったリアルな身体性がさらされるのである。この、ヴェールなしの、生々しい女の身体に、ユタカは背を向ける。媒介抜きのリアルに、ユタカは耐えられないのだ。
ユタカに去られた「ゆうこ」はしかし、リアルな存在の回復をきっかけに、あらたな一歩を踏みだすだろう。カラオケスナックの擬似的共同体のなかで、はじめて人前で歌うユーミンの歌「14番目の月」にのせて、その一歩は踏みだされるのである。


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